 |
|
|
| 皆様が お健やかに 末永く幸せでありますよう お祈り申し上げます 合掌 大満寺一同 |
DAIMANJI.COM INDEX |
|
|
|
|
|
|
曹洞宗の葬儀は、お釈迦さまのお涅槃(ねはん)より由来しております。
|
お釈迦様のお涅槃
お釈迦さまは、お悟りを得られてからも一ヶ所にとどまることなく、八十歳で入滅(死ぬこと)なさる年まで説法の旅を続けておられました。
パーヴァーという町外れに、鍛冶屋のチュンダが所有するマンゴー園がありました。
お釈迦さまが着かれたことを知った彼は供養の食事を捧げました。チュンダの邸を辞したお釈迦さまは、クシナーラの町近くで、かつてない腹痛に襲われました。
北枕 頭北面西(ずほくめんさい)
お釈迦さまは「アーナンダよ、わたしは疲れた、横になりたい。あの沙羅双樹のもとに頭を北に向けて床を敷いてもらいたい」と告げられました。
このとき、弟子のアーナンダはお釈迦さまに尋ねました。「なぜお釈迦さまは頭を北に向けよと言われるのですか」
お釈迦さまは「私亡き後、私の説いた教えは北に向かって広まるはずだ。だから北向きに座を敷いてほしい」と言われて、頭を北に向け、お顔を西にして横になられました。
末期(まつご)の水
やがてお釈迦さまは「アーナンダ水を……」と求められました。そこでアーナンダは近くの川に水を求めて走りましたが、折しも川は数百頭の牛が横切って濁り、もはや掬うべくもありません。お釈迦さまの所へ戻ると、三度渇きを訴えられるので、再び川へ戻ってみると、不思議なことに濁流が清水となっている所が見つかり、水を差し上げることができました。
枕団子(まくらだんご) 涅槃団子
真夜中。お釈迦さまは、悲しんでいる弟子や多くの人々に最後の教えを説かれました。
「いたずらに悲しんではならない。世は皆無常である。生あるものは必ず滅する。私の肉体が滅びても、説いてきた教えは残る。これから頼るべきものは、よく調えられた自分自身であり、私の教えである。怠らず励むがよい」
「自灯明」自らを灯明とし、よりどころとする。
「法灯明」お釈迦さまの教え(法)を灯明とし、よりどころとする。
このようにお釈迦さまは言い遺されました。そして無常なる命であることを、身をもって示されました。
紙華(しか) 四華(しか)
時に旧暦二月十五日、満月の煌々と輝く中、お釈迦さまは八十歳のご生涯を終えられました。そのとき、四方の「沙羅双樹」は悲しみのあまり。真っ白に変じて立ち枯れたと言います。
その様は白鶴の羽を広げた姿に似たところから「鶴林」とも呼ばれています。やがて沙羅双樹は無常を喩える樹として知られるようになりました。
通夜
長老アヌルッダは、比丘や信者が憂い悲しみ、頭髪を乱して泣き、打ち悶えて嘆いているのを見て、「止めよ、止めよ、悲しむことなかれ」とさとし、さらに法(み仏の教え)を説き、アーナンダたちと共に夜を徹して、お釈迦さまを偲ばれました。
納棺
お釈迦さまのご遺体は浄香湯(じょうこうとう)で沐浴(湯灌(ゆかん))され、布と真綿につつまれ、棺に納められました。まわりは花で飾られ、祭壇にはよい香りのお香が焚かれ、一人ひとりご遺体に礼拝し供養が続けられました。
葬列
お釈迦さまのご遺体を安置すること七日間。人々は香、花、音楽を奏じて供養を続けました。
時に日暮れとなり、いよいよ荼毘場(だびじょう)(火葬場)へと葬列は向かいます。クチラ城の四つ門を出入りし城内外の人々に供養を受けながら、天蓋の傘をさし、人々が無常を悟るよう、「無常偈(むじょうげ)」の幡を掲げ進んでいきました。
散華(さんげ)
このとき、不思議なことに空中より種々の花が、お釈迦さまの棺と葬列の人々の上に舞い降りてきたのです。
一本花
教団最長老のマハーカッサパは、ほかの弟子たち五百人と共に遠くで伝統の旅をしているときに、お釈迦さまの危篤を聞き、クシナーラに急いでいました。
近くで、異教の修行者がマンダーラという花を一本、手にしているのを見て声をかけます。マハーカッサパはその修行者に、「お釈迦さまは七日前にこの世を去られました。それ故に私はこのマンダーラの花をその場からいただいて来たところです」と聞き、荼毘場へ急ぎます。
法炬(ほうこ) 松明(たいまつ)
荼毘場に移されたお釈迦さまのご遺体に、マツラ部族の長が火をつけようと何度か試みましたが、どうしても火はつきませんでした。そこにマハーカッサパが到着し、最後の敬意を表するために、お釈迦さまの棺の前に近づき、三度礼拝したのち、棺の周りを右に三度廻ってから香木の薪に点火すると、不思議なことに燃え出しました。
引導(いんどう)
お釈迦さまは生前、父スッドーダナと養母マハーパジャパティの葬儀に関わっておられます。父の棺を兄弟、いとこと共に荼毘場に運ばれ、香を焚いて自ら引導されたと言います。
お釈迦さま、葬儀に臨んで「一切の行は無常なり。生ずる者は必ず尽くるところ有り。不生即ち不死、この滅を最楽とする」(無常偈)と唱え、引導を渡されました。
なお、養母はお釈迦さまの女性第一の弟子となり、悟って、教団の母として尊崇されました。
卒塔婆(塔婆) 石塔
ご遺体は、人々の切なる願いによって八ヶ国に分骨されました。のちのち、ご遺体は各国に伝えられ、「仏舎利塔(ぶっしゃりとう)」が各地に建立されていきました。
|
|
| 葬儀・法事 大満寺 |
|
|
|
COPYRIGHT(C) 曹洞宗 大満寺 大満寺霊園総受付 TEL 022(379)3121 ALL RIGHTS RESERVED.
|
|